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主食と副食 白米と玄米は別物 生命現象と環境 桜沢如一著 P52〜
さて、この穀物ー米、麦、稗、粟、黍など、その種類もきわめて豊富でありますが、そのいずれにもせよ、できるだけ完全な形、自然な形、できるだけ人工を加えない程度で摂取することが必要であります。

 精白をするにしても、できるだけ自然素朴な程度で止めねばなりません。
 水車搗きなどは、もっとも理想的です。

 あるいは吉田松陰のように「史記など二十四、五葉読む間に米精(しら)げ終わる。亦楽しからずや」式の足踏みも結構です。

 米なれば、半搗き、三分搗きなどよろしく、初めてで、味覚が西洋文化の模倣に発達した人々だけは、八分搗きや九分搗きなどがよろしい。
 貧乏武士は、よく朝飯前に手杵で搗かされたそうです。

 手を加えれば加えるだけ自然は損じられてゆきます。

 完全無欠の栄養たる米も、白米にしてしまえば、有毒有害物になってしまいます。

 玄米、または半搗き米であれば、いかに腐っても、いかに長日月とりつづけても害になりませんが、白米になるとソウは行きません。

 白米には蛋白も脂肪もブタミンも、無機塩類も、ほとんどありませんから、これだけでは、あるいは、これを主としては、何ものも生きゆくことができません。

 白米ばかりを与えれば、鶏は三週間で死にますが、ホオジロなどは、一日、二日で死んでしまいます。

 精白することによって失うもののうち、無機塩類を私はもっとも重要だと思います。

 いかなる生物でも、動物たると植物たるとを問わず、無機塩類抜きの食物を与えられて生きることはできません。

 その中でも、ナトリウム、あるいはカリウムを一つ欠いても、生あるものは、必ず斃れます。

 白米は、これくらい大切な無機塩類をいっさい捨てたもので、効力の緩慢な殺人剤といえばいえます。

 こんな不完全食の白米をとる人は、しぜん副食物を多量に要求します。

 これは、はなはだ不経済千万なことです。

 第一、精白のために労力、時間、金をついやし、一年6百万石の搗き減り損を招き、そのうえ、副食物を多量に要し、しかもそれで完全な、すなわち自然な食物ではなく、きわめて不完全、不自然な食物であるために、年中、病気の脅威をうけていなくてはなりません。

 しかるに、玄米、麦、粟、稗、黍などは、すべて一味で完全な食物で、これを主としてとりさえすれば、病気がこないようになります。

 白米だけを食えば生物は死ぬ!

 これだけのことを知ったら、もう白米を食う気になれそうにないものだと思いますが、それでも白米に囚われる人がたくさんあります。

 神経がないのでしょうか。

 良心が働かないのでしょうか?

 生きているのやら、死んでいるのやら。


 穀物は由来、人間のもっとも完全な食物で、いずれも一味で完全に生命を養うことが容易です。

 玄米一味、蕎麦一味、粟ばかりなどで楽に生きてゆけるもので、古来それを極端に試みた人々も少なくありません。

 完全な穀物を精白して不完全な食物にすると、この生命を保つ神秘な力がなくなってしまいます。

 それを副食物で補ってゆくというのは便法でありますが、実際においては、すこぶる困難なことであります。

 それは人間の健康な生命に必要な無機塩類および有機物の配合が完全に行かなくなるからです。(この問題をここに詳しく説くことは許されませんから、それは旧著「食養学原論」に譲ります)


 要するところ、主食物は穀物、それをできるだけ手をかけないでとることーこれが正しい食の道、人間の生きる正しい道であります。


 副食物としては、主食物以外の伝統的な産物を、その季節季節に、出盛りのころに、これまた、できるだけ手をかけずに調理し、主食物の三分の一以下の量にとる、ということが正しい方法です。

 皮をすてたり、筋をすてたり、茹でこぼしたりしてはいけません。
<詳しいことは、桜沢里真著「マクロビオティック料理」をごらんくださいー編集部・注>
| らくらく | 15:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
身土不二の原則 生命現象と環境 桜沢如一著 P7・56.57より転載
人類・動物・植物ーあらゆる生命現象は、その環境、風土の産物です。

 私たち人間は、”生活しているその土地にできる、その季節のもの”を、”正しく”食べることが、心身の健康の大条件です。

 生命は即持つのあるところにのみ現れる。
 生命は食物の変形である、流れである。
 生命は食物のおばけであり、食物は環境の産物であり、むりそ環境それ自らでもある。
 環境が変われば生物が変わる。

 生命、生物が環境の産物である以上、その生命、生物の付帯現象である寿夭、強弱、健病、気質、性質もまた環境の影響を脱することはできぬ。

 この意味で、われわれの食物は、米にもせよ、麦にもせよ、大根でも、蕪でも、思想の元素を含んでいるものだ、と断定してもよい。

 それらは神であるから。

 健康とは自然体であり、病気とは不自然体である。

 健康は自然で、完全で、無理がない。

 病気は不自然から来、自然を虐げるところから来る。

 健康を保つということは、けっして困難なことではない。

 禽獣も均しく享けている自然の喜悦である。

 自然に和し、自然にのっとり、宇宙の秩序の道を生きるならば、自然に健康は保たれる。

 欧米文化の模倣が極端になるにしたがって、この自然生活は妨害され、国民は、その光栄を失ってゆく。

 昔の不老長寿国、日本は、今や世界各国第一の病魔国である。


 日本の国民諸君、いまこそ正しき食(お)しものの道を深く反省すべき秋(とき)ではないか。
| らくらく | 14:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
よく噛むこと、身土不二と一般的食戒第一課程 東洋医学の哲学ー最高判断力の書ーP122〜より抜粋
フランスのコトワザ「よき食欲を維持せよは」実に至言ですが、実行は六カシイです。
 こんあススメは消極的で、道徳的ですから、経済的や感情的な判断にさえ、けとばされやすいものです。
 しかし、「食欲」が幸せそのモノであり、健康のバロメーターであり、生命の最大の条件であるのですから、ソレをイツモ快適に維持しコントロールすることは大切です。

 私はそのために、一つの方法をおすすめします。
 それはヨク カムコトです。

 一口を少なくとも三十回か五十回かむ練習を一ヶ月だけ実行してごらんなさい。

 よくかめばカムほど、おいしくなる食物は、イツデモ正しい食物です。

 ただ感覚に快楽を与えるだけのモノは、連続して多く食べれば食べるほど、かめばかむほどマズくなります。

 五十年たべても百年たべてもアキのこないような味は、正しい食物だけが与えるモノです。
 数千年もつづいて毎日人間がたべている穀物はその王座を占めるモノです。

 肉や魚や、チーズやじゃがいもなどを人間は相当たべますが、ソレばかり、その一つか二つばかり毎日連食すると、ツイニは見るのもイヤになったり、イロイロな病気になりますから、モー連食連用できなくなります。

 異国産の輸入食物を常食や健康食とするコトはゲオポリチック<地政学>な観点からばかりでなく、国民の健康の観点から生物学的、生理学的大問題を起こします。

 食物はその環境の変化形ですから、そのミリュ milieu<環境>に住む者にはそれも適度(社会正義にしたがってのみ)にとるコトは許されるのですが、まったく異ったミリュではタチマチ、生理学的、生物学的大問題を惹起します。

 そんな異国土の産物の作り出す病気や不幸を防ぐために古代の東洋医学は「身土不二の原則」を教えています。

 たとえば「郷に入っては、郷にしたがえ」(その産地でその産物を食うコト)、「所かわれば品かわる」(異国では異国のモノを食え)などという教えです。

 「身土不二の原則」は、生物学的に相当重大なモノです。
 最近発達しつつある bioecologie<生態学>も示す通り、生物は環境の子ですから、その自分の環境、生命圏を尊重せず、異国の産物を常食にとり入れると、環境に対する順応性や抵抗力が低下し、イロイロ生物学的に、生理学的に外的変化や内的変化をおこし、独特の性格や体格を失くしたりします。
 極端な場合には病気になったり死んだりします。

 例ー江南の柑橘を江北に移せば枳穀(きこく)となる、という格言が古くからシナにあります。
 これ古代シナ人が数千年前にピオエコロジイを完成している証拠の一つです。

 優秀な毛の柔かいアラビヤ馬を日本に輸入すると、毛のコワイ馬になってしまいます。
 オーストラリヤのメン羊や、オランダのホルスタインも日本で育てられると、まったく原種とはちがったモノになります。

 植民地で本国人が土人より病気になったり、細菌にやられたりする率の多いコト、また反対に輸入食品のオカゲで”未開人”とよばれる土人たちの間に、悪い病気が広まるのも、ミナこの原則のキビシサを物語るモノでしょう。

 地理的にいっても、エスキモーに印度食を、印度人にエスキモー食をとらせたら、タチマチ双方とも環境に対する適応性を失って悲惨なコトになるでしょう。

 夏に冬のモノをたべるコトも、季節のハシリをたべるコトも、時間的に、この原則を破るコトになります。

 食物は生理学的な一つの衣服でもあり、脂肪は外套の役目をします。

 だからエスキモーの食事をインドでとったら、毛皮の外套をインドで着たようなモノで、第一、暑くてやりきれたモノではありません。

 しかし世は交換経済時代ですから、食の季節も気候も、地理もミナ完全に破られています。

 だから今日、病気の種類も増えたコト、病人の種類の増えたコトは当然であります。

 したがって、この原則を知っているモノは、病気を治すコトも実に楽です。

 今、原因不明とか、不治とされているような病気は、大部分食物を正しくするだけで治ります。

 つまり、「その空間(土地)とその時間(季節)のモノで、その国土の伝統的な食物をとるコト」「異国土の産物、トクニ気候の違った国土の産物をとらぬコト」「動物性食品を最低限にするコト」「化学的、工業的加工食品を一切やめるコト」というふうな、一般的食戒の第一課程を数週間やるだけで、大部分の不治の病気はよくなり、特別な食品や料理を用いなければならないような難病がマコトに少ないので、私はまったく手モチブサタでいます。


 

| らくらく | 13:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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